ご声援ご協賛ありがとうございました。 無事事故も無く修了できました 結果は引き分け〜〜〜〜〜〜! 2013・11・4 |
勢多唐橋大綱引合戦 平成二十五年十月十九日 午後壱時 決戦の火蓋がきられる 速報 唐橋焼窯元 |
唐橋焼窯元へ戻る 周辺マップ 湖都大津の思い出は唐橋焼を 唐橋を制する者は天下を制す 勢多唐橋東西大綱引合戦 全国から綱武士を募集し『瀬田の唐橋』を舞台に、日本の東軍・西軍に分かれて行う大綱引合戦。 日本三名橋・日本三古橋であり、日本地理上でも日本のほぼ真ん中に位置し、古から京の守護の要として歴史上重要な戦いが繰り広げられてきた「瀬田の唐橋」を舞台に、日本では前例のない幹線道路の橋上で大綱引合戦を行います。
綱武士は全国から募集し、日本の東軍、西軍各100名づつで対決を行います。<−西か東か−>戦の前には、瀬田川の東岸と西岸で武将を囲み両軍の睨み合い戦前の儀式が執り行われます。西軍は石山寺が城となり東軍の城は建部大社となります。
他にも多くの催しを開催する「滋賀の新たな一大祭り」。 周辺エリアでは名物市の開催、瀬田の唐橋の真ん中に位置する中ノ島では太鼓演奏やミュージシャンによるライブの開催、来場者用水上バスで瀬田川、琵琶湖を遊覧できたり、瀬田の唐橋を中心に様々なイベントを企画しています。
琵琶湖博物館所蔵 古から京の都と東国を結ぶ交通の要であり、京の守護の要であった歴史上最重な橋。 日本最大の湖である琵琶湖には多くの河川が注ぎ込んでいますが、琵琶湖から流れ出ている河川は滋賀県大津市の瀬田川だけです。瀬田の唐橋は、その瀬田川に架かり「瀬田橋」あるいは「瀬田の長橋」として多くの文学作品に登場するなど歴史上重要な橋であります。 古から京の都と東国を結ぶ交通の要として672(天武元)年の「壬申の乱」以降、何度も歴史的な合戦の舞台となり、「唐橋を制するものは天下を制する」とまで言われ、京都防衛上の最重要地でありました。 その瀬田橋が「唐橋」の名で親しまれるようになったのは、鎌倉時代のことで瀬田橋が新たに唐様(中国風)の橋に架け変えられたことから、いつしかそう呼ばれるようになりました。
<瀬田の唐橋の歴史・主な戦い> 飛鳥時代 672年 壬申の乱。大友皇子と大海人皇子の最後の決戦場。大友皇子方が橋板をはずして大海人皇子方を待ち受けたが、突破されて滅んだ。〔天智天皇が大津宮で崩御(671年12月)してわずか半年余りの後、大和と近江を主戦場とした壬申の乱が起こった。その結果、近江朝廷の大友皇子が敗れ、大海人皇子が勝利したため、宮都が再び飛鳥の地へ戻ることとなり、大津宮はわずか5年余りで廃都となる。〕 奈良時代 764年 藤原仲麻呂の乱(恵美押勝の乱)。考謙上皇・道境と対立した大師(太政大臣)藤原仲麻呂(藤原恵美押勝)が軍事力をもって政権を奪取しようとして失敗した事件。〔宇治から近江を取ろうとした恵美押勝(藤原仲麻呂)に対して、考謙上皇方は田原道(関津遺跡)を通って瀬田唐橋に先回りして焼く。押勝は高島郡に走り滅びる。〕 平安時代 918年 俵藤太『藤原秀郷』百足退治。龍神一族の娘に頼まれ、三上山を7巻き半する大百足を退治した。 1183年 治承・寿永の内乱。京都へ向かう義仲軍の先発隊が平氏軍と瀬田川を挟んで交戦。 1184年 治承・寿永の内乱。後白河法皇より「義仲追討」の命を受けた源範頼(三万余騎)と義仲の忠臣・今井四郎兼平(五百騎)が瀬田川を挟んで交戦。木曾義仲、今井四郎兼平戦死。 鎌倉時代 1221年 承久の乱。後鳥羽上皇の京軍(山田次郎重忠が率いる比叡山の僧兵三百騎)と北条義時の弟・時房率いる鎌倉幕府軍が瀬田川を挟んで交戦。 室町時代 1336年 建武の戦い。足利尊氏の弟・直義の率いる足利軍と朝廷軍が瀬田川を挟んで交戦。 1571年 織田信長の命により朽ちて通行不能になっていた唐橋のかわりに舟橋(舟を鎖で繋げた簡易な橋)架けられる。 安土桃山時代 1575年 織田信長の命により瀬田城主・山岡景隆がほぼ現在の位置に架け直す。 1582年 本能寺の変。織田信長を謀殺した明智光秀の安土への進攻を防げるため、山岡景隆により唐橋が焼き落とされる。景隆は瀬田城に火をつけ、甲賀の山中へ退く。安土城進撃を一時祖止。 江戸時代 唐橋の管理は幕府自ら行う。 昭和時代 1986年 建設省(現国土交通省)の日本の道百選に指定される。 1988年 唐橋下流80メートルの川底から、飛鳥時代頃まで遡ると思われる橋脚(基礎)の発見。 平成時代 1990年 高欄を昭和54年架替時と同色の木造色で塗装。 1996年 小橋において右折斜線確保のために拡幅。 2012年 色の塗替え完了。 綱武士求む! 日本全国から『勢多唐橋東西大綱引合戦』への参加者を募集いたします。下記の募集要項をご覧の上ご応募下さい。 <勢多唐橋東西大綱引合戦 募集要項> 名称 勢多唐橋東西大綱引合戦 主催 勢多唐橋東西大綱引合戦実行委員会 共催 瀬田川流域観光協会 後援(予定) 国土交通省琵琶湖河川事務所/滋賀県/大津市/(公社)びわこビジターズビューロー/(公社)びわ湖大津観光協会 ※順不同・敬称略 協賛 大本山 石山寺/建部大社/雲住寺/龍王宮秀郷社/滋賀県青年会館/料亭あみ定/近江鉄道(株)大津営業所/京阪バス(株)大津営業所/帝産湖南交通(株)/ウォーターステーション琵琶の会/瀬田南学区自治連合会/晴嵐学区自治連合会/瀬田南学区体育協会/晴嵐学区体育協会/瀬田商工会/大津商工会議所/瀬田町漁業協同組合/湖南漁業協同組合/瀬田唐橋商店街/石山商店街振興組合/建部大社氏子会/滋賀県立琵琶湖漕艇場/レークウエスト観光株式会社/瀬田川流域観光協会/瀬田の唐橋と周辺景観推進協議会 ※順不同・敬称略 日時 平成25年10月19日(土)13時〜 会場 瀬田の唐橋 参加料 2,500円(保険料含む) 募集人数 瀬田の唐橋を中心に東の方100名、西の方100名を募集します。 参加資格 中学生以上で健康な方、性別は問いません。 服装 綱引きに適した靴のみご用意下さい。ヘルメット、衣装は提供いたします。 交通・宿泊費 参加者負担となります。(特別料金で宿泊できる提携施設もございます) 申込方法 《 申込期限 平成25年9月20日(金)》 問い合わせ先 勢多唐橋東西大綱引合戦実行委員会 TEL077-537-1105 企画運営 勢多唐橋東西大綱引合戦は、『勢多唐橋東西大綱引合戦実行委員会』が企画・運営しております。 名誉顧問 嘉田 由紀子(滋賀県知事) / 越 直美(大津市長) 大祭委員会 鷲尾 遍隆(石山寺座主・瀬田川流域観光協会会長) 実行委員長 若山 義和(瀬田川流域観光協会副会長・瀬田の唐橋周辺景観推進協議会代表理事) 顧問 平尾 千蔵(建部大社宮司・瀬田川流域観光協会顧問) 参与 県議会議員・市議会議員 実行委員 瀬田南学区自治連合会/晴嵐学区自治連合会/瀬田南学区体育協会/晴嵐学区体育協会/瀬田商工会/大津商工会議所/瀬田町漁業協同組合/湖南漁業協同組合/瀬田唐橋商店街/石山商店街振興組合/建部大社氏子会/滋賀県立琵琶湖漕艇場/レークウエスト観光株式会社/瀬田川流域観光協会/瀬田の唐橋と周辺景観推進協議会※順不同・敬称略
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